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2006年 02月 19日
日本の政治改革とカナダの実例(下) 次に、第二項目の「候補者として選挙に参加」する人々の件であるが、此の場合にでも、カナダの方が日本より解放的で民主的である。 日本の場合には、自民党の党則で、総裁の候補者は、先ず、国会議員である必要かあり、更に、二十名の国会議員の正式な事前の支持が要るのである。 カナダの場合には、その様な条件は全然ないのである。 非連邦議員でありながら、最初に、党の総裁に立候補し、実際に、党総裁として、選ばれ、それから、その次に、選挙に出て、連邦議会の下院議員となり、その後に、首相になった政治家も歴史上存在し、その実例は、ブライアン・マルニー氏である。 勿論、総裁選挙とかその他の選挙に立候補すると言う事は、相当の財政的、労力的な支持の獲得を言う前提を満たす必要であり、誰にでも、簡単に出来る事ではないし、ある意味では、「草の根」のレベルでは、現実的な選択肢ではない。 しかし、それでも、選挙の候補者に課せられる客観的な条件の総体が、日加では、相当に異なり、政治を「草の根」に持って行くと言う意味での政治エリート・レベルによる努力の程度では、日加間では相当の開きがあるのである。 それから、日加間で大いに異なる点は、女性の活用であり、党組織の役員の構成とか総裁選挙の党大会代議員団の選出の過程で、多くの場合に、カナダでは、男女の配分を50対50の形になる様に意識的に配慮して居る事である。 米国の場合も、大体、同じである。 日本の政党では、「県党支部の会長の地位に二つのポストを設置して、その各々を必ず男女にする」と言う様な形の規則は存在しない様であるし、その様なものを近日中に作り上げると言う噂も聞かない。 日本は、其れ等の点で、米加とは異なる。 勿論、今の処、何処の国でも、実情は、政治の世界では、女性の力は、男性の其れに比べて、顕著に劣るし、それを、改善する方法も簡単には見付からない様だ。 にも拘わらず、多くの国際統計を見ると、日本での女性の政治進出は、先進国の中では、大体、最低位の地位を確保して居る様で、何らかの形で、日本は、此の問題を、近日中に解決する方法はないものか。 2005年の郵政民営化総選挙では、所謂、“刺客”の多くが当選したが、その一つの理由が、小泉政権の大胆な選挙対策であり、その一環として、著名な女性を、突然、多く登用した事ではなかったのか。 日本の社会内にも、女性差別に関しての不満の積りが存在する様で、その様なエネルギーを旨く活用し、そして、それを更に広く選挙民一般の支持の形に延ばして行き、政治改革全般を進める方法はないものか。 第三番目の問題は、地方自治の問題で、例えば、その実例の一つが、義務教育の管轄である。 米国とかカナダでは、義務教育は地方(州とかそれ以下の地方自治体)の管轄内の事項であるが、日本では、今の処、義務教育は、中央政府、そして、具体的には、文部科学省が所轄して居る。 日本での地方自治の強化の標語は、「地方に出来る事は、地方に任せる」と言うものである。 実際には、北米では、既に、義務教育(小学校と中学校の教育)は、地方の自治体が管轄して居るので、「日本では、義務教育は、中央が必ず担当し、地方に任せる訳には行かない」と言う議論は通じない様だ。 しかし、此の点では、今の処、日本の改革は進んでいない。 郵政民営化の場合は、2005年9月11日の劇的な総選挙の結果、問題の処理は、其の後、極めて、順調に進み、国会再開後間もなくその全部の過程が、迅速に、無事に、完了して仕舞った。 此れに対して、地方自治の方は、「三位一体」等を叫びながら、財政能力の中央から地方への移転は、遅遅としてしか進んで居ない。 一説によると、文部科学省による中央の義務教育への拘りは、派閥力学に由来すると言う。 もっと具体的には、森派の領袖の森 喜朗氏が、教育族のドンで、彼は彼の義務教育への影響力の削減を硬く拒否して居るのだと言う解釈である。 小泉純一郎首相は、一応、反派閥主義者で、これ迄、派閥の権力を攻撃して来たが、その反面、派閥に対して、全面的な、無差別、均一的な総攻撃をして居る訳ではなく、いざとなると、場合によっては、派閥の力を巧妙に借りて来たかも知れないのである。 例えば、郵政民営化に関して、森派は、其の派の属する議員の個人の立場は一応別として、其の構成員が殆ど全面的に、小泉戦略を支持したのである。 小泉氏も一面では、大げさな表現を使い、「自民党をぶっ壊す」と叫ぶが、其の実践面では、かなり慎重で、緻密な計算をして居る様で、組閣とか一部の問題を除いて、小泉氏は、森氏との派手な実力的な格闘は避けて居る様である。 外部の研究者には、自民党の内部の微妙な対人関係の最終的な判断は難しい問題であるが、或は、小泉氏は、「自民党内の派閥をぶっ壊しているが、その際に、森派の実力に旨く乗っかりながら、自民党の改革を“現実的”に行って居る」のかもしれない。 元々、日本社会の人的関係は複雑怪奇であって、仮に、森氏にとって、義務教育が森氏の権力の土台であったとすると、その場合には、その様な“虎の子”の土台を、小泉氏が、一挙に取り外す訳には行かないであろう。 確かに、国際的に、日本の義務教育は高く評価されている。 その様な結果はOECDの正式な報告等を見れば、歴然としている。 と言うと、或は、その様に旨く行って居る日本の義務教育を今特にいじくる必要はないと言う議論が成り立つかもしれない。 しかし、その様な評価は、外部から為されたもので、日本の教育の内部的な実情は、又、別の話かも知れない。 本当の“家庭の事情”は、かなり深刻らしい。 筆者が判断する限り、二つの大きな問題が存在すると思う。 其の一つは、“地下”教育産業の大繁盛であり、もう一つは、“ゆとりの勉強”対”がり勉“の相克の問題である。 日本の公式な義務教育制度は立派なものかもしれないが、其の反面、其れと同時に膨大は”塾“その他の私的な補填的な教育組織が実存する事をどう捉えたら良いのか。 「その様な”地下産業“が大成功して居ると言う事実自体が、公式な義務教育は本当は失敗して居ると言う事を示唆して居るのではないのか」と言う論法である。 それから、日本の文部科学省は、一旦、「ゆとりのある教育」の理論を数年前に正式に採択しながら、其の後、OECDの調査の結果で、日本の停滞、脱落を示し始めると、どうやら、其の方針を又「がり勉教育」の方向に引き戻して仕舞った様だ。 此の様な基本的政策の一転、二転は、現場で、実際に教育課程に従事する人々にとっては、大変迷惑な事であり、日本の「草の根」の教育の哲学に大混乱を招いているのではないか。 米加を含めて、多くの国々で、教育分野ではかなり大きな様々な問題を抱えて居る様だ。 そして、その様な諸問題を解決する事は、容易な事ではない様だ。 その様な場合には、一つの対処方法は、問題に対する解決策の探求作業を中央本部が排他的にそれ独自のみで引受けるのではなく、「草の根」の個々の地元にも分散的に任せる事である。 勿論、採決の権力が地方に移管されると、全国的な統一性は失われ、解決策を見付ける作業も、その結果は、個々の地域で、千差万別的になって仕舞う。 しかし、その様な諸子百家的な結果は、事後の全国的な調整とか統一化の努力によって最終的には、ある程度、相互的に比較的に一体化され、全体的に意義のある総合的な結果に纏められるものではないか。 百科事典的な解決策でも、全然無いよりましではないか。 日本でも、事業とかその他の分野で、規制緩和に関しては、現在、ある程度の限られた実験が許されて来た様だ。 教育の面でも、もう少し、多様性の導入を奨励したらどうであろうか。 筆者の場合には、北米の高等教育の世界に生きて来たが、その際に、実際の教育者の実務上の問題として、其の改革の余りにの速度の速さに当惑した事もあるが、日本の義務教育の場合には、その逆で、其の変化の遅さが突出しては居ないか。 進化にはある程度の競争が必要であり、型破りの実験もある程度必要である。 地方に教育上の決定権を大幅に引き渡す事によって、多様性とか競争性を奨励出来ないものか。 日本は、教育に関しての地方自治で、もう少し大胆になる事は出来ないものか。 最後の第四番目の問題で、連邦制の導入であるが、恐らく、憲法改正を含む形の連邦制の設立は、日本の場合に、現在の時点では、やや非現実的な問題であろう。 せいぜい、現在、日本に存在する一道、一都、二府、四十三県の制度を整理、統合して、更に数の少ない道とか州に変更して行く事であって、そして、その様な合併作業と共に、それぞれのレベルの行政組織の所轄事項を再配分すると言う事であろう。 そして、根本的には、この様な行政区画の整理統合の作業は、恐らく、民主化の過程と言うよりも、合理化の過程と言う方が適切ではないか。 本論文では、基本的には、「合理化」と言う項目より、「民主化」と言う項目に重点を置いて来た積りであって、その様な意味で、多少焦点がずれて居る様である。 筆者が、小泉政治改革を高く評価する一つの面は、大衆の動員能力であり、大衆から駆り出された多量のエネルギーを駆使しての政治制度の改善であって、その様な過程を「民主化」と見なして居るのである。 フランクリン・ルーズベルト米大統領とかトルードー加首相は、それぞれ、米国とかカナダで、社会的な大変革をもたらしたが、その際に、その底辺にダイナミックな大衆の政治参加があったからこそ可能だったのである。 政治制度を合理化する事は望ましい事であり、行政区画の再編成は、簡単に出来るものであれば、多くの場合に、進めるべきであろうが、多くの場合に、「民主化」とは直結しない事柄の様だ。 寧ろ、ある意味では、皮肉な形では、「民主化」と逆行するかも知れないのである。 其の一つの例は、行政区画を拡大すると、確かに、一人当たりの行政官単位では、効率の改善に繋がるかもしれないが、住民の側から見ると、それだけ「彼等の役所からの距離が拡大」する事になって仕舞い、「役所が“草の根”から遠去かる」事になり、厚生福祉関係の「民主化」と言う面からは望ましい事ではないかも知れない。 例えば、現在、日本では、高齢化が大変な速度で進んで居るが、それと同時に、介護サービスの需要の異常な増大が当然予想されるのであるが、その様な問題では、市町村合併の動きは、或は、逆行的ではないのか。 勿論、地方の人口が全体的に減少して居る際に、役人の数を減らさず、元と同じ様な人員とか機構で対処しようとするのも不能率である。 そこで、何らかの調整も必要だ。 問題はバランスと言う事で有ろうが、最近では、日本では、非常に大規模は市町村合併が行われ、その総合的なツケが間もなく回って来る筈だ。 確かに、無駄な余計な地方公務員を維持する事は、避けるべき事であろうが、もう一つ指摘すべき点は、米加に比べて、日本の場合は、平均して、役人一人当たりが担当する人口の数が多く、その様な意味では、或は、比較的に、日本の行政機構は無駄使いをして居ないらしいのである。 だからと言って、筆者は、「米加に倣って、日本も役人の数を大胆に増やせ」と言う様な勧告を情熱的に主張する様な自信はない。 筆者には、それだけの地方行政実体の専門知識は持ち合わせない。 尤も、筆者は、かって、日本の教師の一団と一緒に、米国の高校を相当数見学する機会があったが、其処では、カウンセラー、身体障害者の専門家、少年犯罪の分析者とかその他と言った形では、其処で働く専門職員の数が、米国の側が圧倒的に多かった事が判明した。 それから、道州制の導入に関して、否定的になって申し訳ないが、或は、その様な簡素化は、国内の政治的対立を増大する危険性があるのではないか。 これは、単に、憶測であって、ある意味で、此処でその様な事柄に紙面を使う事に気が引けるが、簡単に紹介してみると次の様な事だ。 米国には、現在、50の州が存在し、カナダには、10の州又は其れに相当する行政地域が存在する。 そして、州間の関係は、カナダの方が格段に悪い。 政治過程を潜在的な競争者の間の説得過程と考えると、50の集団を説得する事は、10の集団を説得すると言う事より格段に余計の労力が必要だ。 カナダの場合に、其の国内の相互対立の理由の大きな原因として、言語の違いとか経済・産業の質とか内容の違いがしばしば挙げられる。 しかし、程度は低いかもしれないが、同じ様な問題は米国にも存在する。 米国も、三、四十年以前で、人種問題で、南北が対立して居た頃には、国内紛争はかなり激烈であった。 しかし、公民権問題が一段落して仕舞うと、国内の対立は、カナダ程はひどくなくなって仕舞った。 民主主義の国では、大抵何処でも、政治家の一つの大きな役割は、中央から地元に、何か特別なご利益をもたらす事であり、その担当の地元の範囲が大きくなれば、大きくなる程、その獲得額も大きくなる。 と言う事は、地方制度を道とか州の様な大きな単位に統合、整理して仕舞うと、その間のケンかの熱烈度も必然的に高くなる様だ。 尤も、此処に述べた事は単なる仮説に過ぎない。 筆者の判断では、此れまでの時点で、小泉内閣が達成した政治改革の多くの成果の中で、一つの大きな面は、日本の政治権力の一元化の達成である。 其れ迄は、二重構造が存在し、小泉内閣成立後、そして、特に、2005年9月11日郵政民営化総選挙の結果、それが一重化に変革された。 便宜上、前者を田中角栄方式と呼ばせて貰おう。 と言うのは、田中角栄時代に繁栄した制度なのであるから。 此の田中制度では、一応、首相とか内閣がある程度の権力を持っているが、それでも、最終的には、与党の派閥の承認が要った。 重要な決定は、与党の政務調査会とか総務会の満場一致の可決が必要であって、其処での可決は、大体、派閥の連合が抑えて居り、首相の一存ではなかった。 田中角栄氏等は、最後には、与党から離党し、行政府での地位も持たない一国会議員に留まったのに過ぎなかったが、それでも、派閥を通して、その様な国単位の重大な政策決定に影響する異常な能力を持っていた。 詰まり、首相でも大臣でもない一個人の政治家が、「闇将軍」として、現役の首相に対抗し、影響力を行使し、そして、その当時の日本の権力構造は、二重であった。 其の後、日本の与党の派閥は、その多くの力を失った。 従って、日本の権力構造は、大体一元的になった。 大きく分けて、派閥は三つ位の重要な機能を田中時代には果たして居た。 その第一は、閣僚の選任、第二は、政治資金の調達、そして、第三番目は、国家の主要な政策の決定であった。 その様な過程で、首相は、ある程度の指導力を発揮したが、それは、既に、決められた選択肢の中の調整の様な形が多く、ブローカー的で、仲裁者の様なものであった。 少なくとも、勇ましく、先頭にたって、全体を引っ張って行く様な強い指導者ではなかった。 その当時の日本の税制は、政府と党が二重の委員会を通して、取り扱って居り、最終的決定は、大体、党の委員会が下した。 勿論、必要があれば、或は、一定の事情の下では、派閥とか派閥の領袖は、現役の首相を免職し追い出す力を持って居た。 小泉方式の下ではでは、閣僚の選任は、小泉氏の独断で処理され、政治資金の大部分は、現在では、国庫によって賄われ、重要な政策問題は、閣議とか経済財政諮問委員会で処理されて居り、その両者の議長は小泉氏なのである。 現在では、与党の政務調査会とか総務会は、殆ど、派閥の影響下から脱し、党総裁の小泉氏の直接影響下にあるのである。 詰まり、2005年9月11日の時点で、日本は政治は、権力構造の面では、大体、カナダの形態を踏襲して仕舞ったのである。 小生の判断する限り、カナダの政治権力構造は、一重的なのである。 現在、カナダの大政党には、派閥は存在しないし、それから、政務調査会長の様な要職も存在しない。 此の面で、日本がカナダから学ぶ事があるとすれば、それは、再度、二重構造の田中方式に、転落、逆転する事を防ぐ事であろう。 自民党の派閥は、完全に消滅された訳ではない。 それから、非小泉方式の権力構造を望む自民党の有力者もかなり残って居る様だ。 加藤紘一、山崎 拓、古賀 誠等の諸氏は、既に、様々な形で、小泉氏に挑戦する政治的見解を発表して居る。 それから、引退した長老で、中曽根康弘、宮沢喜一の両氏も、小泉手法に、特に、感激して居る訳ではない様だ。 大きな改革の後には、ほぼ必然的に、多少の全社会的な反動が続く。 ローマは一日では建設出来ない。 此れは、日本の大新聞の社説とか著名な知識人が認めて居る事ではない様だが、筆者の現在の意見では、小泉政治権力一元化の功績は、日本の近代政治史上、非常に大きいものだと言う事だ。 勿論、人間がやる事であるので、政治の将来を予告する事は難しい。 しかし、筆者の暫定的な私見を此処で披露させる事が許されるとすれば、日本が、今後、再度、田中二重構造方式に戻る可能性は、比較的に少ない様であって、確率的には、50%以下の様だ。 詰まり、小泉政治改革は、政治家とか学者が、単に、頭の中で抽象的に作り上げただけのもので無く、その社会的底辺に於いて、少なくとも小泉政治改革の一部に対して、大衆のダイナミックな支持の一部が依然として存在する様であり、その様なものは、一般的には、簡単に、短期間には、完全に、消滅するものではないかも知れないから。 以上 by a_kubota1 | 2006-02-19 21:44
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